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佐賀地方裁判所 平成元年(ワ)102号 判決

原告

三橋孝良

右訴訟代理人弁護士

石井将

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

石月昭二

右訴訟代理人弁護士

小柳正之

主文

1  原告が被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、一九六三万五七五三円及びこれに対する平成元年五月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、平成元年四月一日以降毎月二〇日限り二二万九二〇〇円を支払え。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

6  この判決は、第2項及び第3項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第1項と同旨

二  被告は、原告に対し、二〇三五万二五三三円及びこれに対する平成元年五月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成元年四月一日以降毎月二〇日限り二四万〇六〇〇円を支払え。

第二  争いのない事実

一  原告は、昭和四三年三月一日、被告(日本国有鉄道清算事業団法附則第二条による移行前の日本国有鉄道)との間で雇用契約を締結し、後記処分当時鳥栖保線区土木技術管理係の職にあり、被告から毎月二〇日限り賃金の支払いを受けていた。

二  被告は、原告に対し、原告において昭和五八年六月一日ないし同月三日の間に職員として著しく不都合な行為があったとして、同年七月二九日、日本国有鉄道改革法附則第二項による廃止前の日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)三一条一項に基づき、懲戒処分として免職の処分(以下「本件処分」という。)をし、原告が被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを争っている。

第三  争点

一  本件処分の効力

本件処分の効力については、懲戒事由に該当する事実の存否及び免職の処分を選択したことが懲戒権の濫用にわたるか否かということが争点であるところ、右各争点につき、被告及び原告は以下のとおり主張している。

1  被告の主張

(1) 本件処分の懲戒事由に該当する事実(昭和五八年六月一日ないし同月三日の間における原告の行為)

〈1〉 鳥栖保線区長丸山俊(以下「丸山区長」という。)は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)門司鉄道管理局からの指示に基づき、昭和五八年六月一日午前八時四五分ころ、同区事務室において行われた同区本区全員に対する点呼の際、次の事項(以下「四項目」という。)を伝達した。

ア 夜間重労働作業については、従来は作業が終了して職場に帰着すれば本来の終業時刻午前八時二五分以前であっても勤務を解放していたが、六月一日からは定められている終業時刻を厳守し終業時刻以前の勤務解放はしない。

イ 六月一日以降のクラブ活動については、国鉄本社や管理局が主催するレクリェーション大会、地区予選会以上は従来どおり勤務時間内の参加を認めるが、クラブ主催の大会(支部大会)はこれを認めない。

ウ 勤務時間中におけるワッペン、赤腕章などの着用は認めない。

エ 六月一日から臨時雇用員がいなくなるので、事務室内の掃除などは管理職を除く職員が当番制ですることとする。

ところが、丸山区長が右四項目を伝達したところ、原告を含む数人の職員がその終了を待ち構えていたように突然同区長に詰め寄って同人を取り囲み、原告らがこもごも「何だと。」「ふざけるな。」「なんで我々の団結の証が悪いのか。」「赤腕章をしているのは要求があるからだ。」「区長は我々の要求を聞いてくれたのか。」「そうだ、そうだ。」などと罵声を浴びせ、怒号を繰り返した。さらに、原告は丸山区長に対して「区長、今の四項目を撤回してくれんね。」と迫り、これを拒否されるや他の者とともに「よおし、それならいい、みとれ。」などと脅迫的な発言をし、点呼を打ち切って区長室に帰ろうとする同区長に対しなおも「待て!」と言いながら追いすがった。

〈2〉 〈1〉記載の点呼終了後の六月一日午前九時ころ、原告は、その所属する土木テーブルにおいて、当日の業務指示のため指示事項を記載したノートを開いていた鳥栖保線区土木助役藤井定(以下「藤井土木助役」という。)に対して「区長の言った四項目について見解を言え。」と詰め寄った。同助役が「区長の申したとおりです。」と答えたところ、原告は「お前の見解を聞いとるんじゃ。」と繰り返し怒鳴りつけた。更に、土木技術管理士杉本篤敬(以下「杉本職員」という。)が「レクリェーションができない根拠は何か。」と質問したので、同助役が、日本国有鉄道職員勤務及び休暇規程六条六項である旨を答えたところ、杉本職員は「その規程を持ってこい。」と大声で言い、同助役が「自分で調べて下さい。」と返答すると、原告が「なに、お前が持ってこい。」と怒号した。

同助役は、この件にこれ以上の時間を費やすと、土木テーブル職員への業務指示が遅滞し作業に影響が及ぶと判断し、門司鉄道管理局職場管理類抄の当該箇所を開いて杉本職員に示した。原告は、そのとき丸山区長が土木テーブル付近に来ているのに気づき「区長、何しに来たんだ。帰らんね。」と言った。同区長が「土木助役に用件があってきている。それより今、皆さんが土木助役に質問していることは本日の業務指示と関係ないでしょう。」と言うと、原告は「何で関係ないものか。お前は帰れ。」と怒号し、これに対し丸山区長が「あなたは私に指示する権限はありませんよ。」と言うと、原告は憤激し、両腕を前に組んで「何を!」と叫びながら二メートル位の距離から同区長の上半身めがけて体当たりした。その衝撃のため同区長は二、三歩後方によろめいて倒れかかったが、とっさに藤井土木助役がこれを支えたので転倒は免れた。

〈3〉 六月一日午前九時一〇分ころ、土木テーブル付近において鳥栖保線区技術係原田亘(以下「原田職員」という。)と丸山区長とが「区長、今朝の点呼の際のあんたの態度は何ね。あんなことを言ってうまくいくと思っとるんか。」「原田さんは土木テーブルと関係ないでしょう。自分の席に帰ってください。」「あんたが来るともめるだけやね。みんな席に着くからあんたも区長室に帰らんね。」などの言葉のやり取りをした後、同区長が区長室に帰ろうとした際、藤井土木助役の前の机の上に腰掛けていた原告は、B五番(ママ)大用紙二枚ほどを手で細かくちぎって紙吹雪を作りこれを原告の前の床にばらまいた。

これに対し、丸山区長が「三橋さんゴミをまくのはやめなさい。」と注意したが原告はこれを無視した。一方、藤井土木助役が土木テーブル職員に対して「みんな席について下さい。業務指示をしますから。」と言うと、原告はこれに従わず、同じように紙を細かくちぎった紙吹雪をテーブル越しに同助役の顔面めがけて浴びせつけたので、同助役は頭から紙吹雪を浴びて紙切れだらけとなった。同助役は怒りを押さえて紙切れを払いながら「何をするのですか。止めてください。あとは掃除してください。」と原告に厳しく注意したが、同人は何ら返答せず、片付けもしなかった。

〈4〉 原告が〈3〉記載の行為をしたころ、区長室には折から鳥栖保線区基山支区の点呼立会のため門司鉄道管理局から派遣された同局施設部総務課課員水野正幸(以下「水野課員」という。)が点呼状況報告などの業務連絡のため在室していたが、原告は、水野課員を認めるや、藤井土木助役の土木テーブル職員に対する業務指示続行中であるにもかかわらず、突然足早に区長室に赴き、無断で同室に入り、水野課員に対し「貴様は誰か。何しに来たんか。帰れ。」と大声を発して詰め寄り威嚇した。同区首席助役長澤勇夫(以下「長澤首席助役」という。)が原告の怒鳴り声に気付き区長室に入り、原告に対し「何を言うのですか。あなたは区長室から出なさい。」と言っているところへ、七、八名の同保線区職員が入室してきた。その中にいた原田職員が水野課員に向かって「お前、何しに来たんか。我々を監視に来たんか。」と大声で詰問し、長澤首席助役が「業務打合せに来ているのです。あなたたちは早く区長室から出ていきなさい。」と言っている間も、原告は上半身をかがめて水野課員に詰め寄り、「早く帰れ。何しに来た。」と繰り返し怒鳴り、右区長室の応接間の机の上に腰掛けた。そこで長澤首席助役が「あんたどこに座っているのですか。」と言うと、原告は「テーブルたい。」と言うので、「立ちなさい。」と注意したが、これに応じず、同首席助役が引き続き「あんたは道徳も知らないのですか。」とたしなめると、原告は「道徳って何か。」とうそぶき、更に手に持っていた紙を前記〈3〉同様に小さくちぎって紙吹雪にして水野課員の頭から浴びせつけ、残りを区長室の応接テーブル及びソファー付近の床にばらまいた。

〈5〉 六月一日午前九時三〇分ころ、区長室から土木テーブルに帰ってきた原告は、藤井土木助役が同テーブルにおいて業務指示を続行していたにもかかわらず、同助役の後方にあるスチール製書庫の戸を右足で二回程後ろ蹴りし、これにより大きな音とともに戸が一枚はずれたので、同助役は「戸がはずれたじゃないか。後で直しなさい。」と注意したが、原告は無言で同助役の右横の通路を隔てたキャビネットの上に腰掛け、同キャビネットの側面を両足で四、五回後ろ蹴りして大きな音を立てて同助役の業務指示を妨害した。同助役は原告に業務指示をなすべく、自分の席に座るよう言ったところ、かえって原告は右キャビネットの上であぐらをかき「座っているじゃないか。」と反抗的姿勢を示して、これに応じなかった。

そこで、同助役は原告が自席に着く意思がないものと判断し、その場で原告に対し、「南久留米・御井間朝妻橋りょう他二箇所の修繕工事の現場立会いに行ってください。添乗者は大久保主任です。車は二号車です。」と業務指示をしたが、原告は首を左右に振り、「知らん。聞いちょらん。」と言って同指示に従わず、右指示にかかる業務をおこなわなかった。

〈6〉 六月一日午後二時ないし同三時ころ、原告は、鳥栖保線区事務室において、被告発注の筑後千足こ線橋工事を担当している今泉建設株式会社の近藤精吾常務(以下「近藤常務」という。)に対し、「もう何もできん。施工中止だ。」と言い、更に、翌二日午前一〇時ころ同社の土木現場主任である河野一幸(以下「河野主任」という。)に対しても担当者が決まるまで工事中止である意味の電話をした。

〈7〉 六月一日午後四時五分ころ、原告は、区長室に無断で入室し、助役と業務打合せの丸山区長に対し「筑後千足こ線橋工事施工中止伺書」を差し出し、「区長、印鑑ばくれんね。」と言った。同区長が藤井土木助役の印影がないことを指摘すると、原告は「区長にもらえばよか。」と言うので、同区長が施工中止の理由を尋ねると、無言で同書面の「施工中止理由」記載箇所を指し示した。当該箇所には「昭和五八年六月一日の朝の点呼の際において、当局から、クラブ行事の参加中止、夜重の勤務、掃除、ワッペン、リボン等々の指示がなされた。こういった状況の中で安心して働くことができないよって、担当者を変更されたい。担当者が決定するまでの当分の間施行中止を行います。」との記載がなされていた。これを読んだ同区長が、原告に対して「こんなことでは中止理由にならんでしょう。」と言うと、原告は「不安だから変えてくれと言っている。こんな状態では仕事ができん。印鑑ばよかけん。今から業者に電話して仕事は中止させる。」と言うので、同区長が「そんなことにはなりません。そんなことをすれば大変なことになりますよ。」と注意したところ、原告は無言で区長室から退室した。

〈8〉 六月一日、原告が自己担当の筑後千足こ線橋工事関係の図面及び書類を藤井土木助役の机の上に放置していたので、同助役が原告の机の上に戻しておいたところ、原告は、翌二日午前九時二〇分ころ、「関係ない。」と言うなり右図面及び書類を同助役の机の上に投げ置いた。そこで、同助役は「これはどういうことですか。工事書類を持っていなくては仕事ができないじゃないですか。仕事をしないのですか。」と注意しつつ、右書面を原告の机の上に置き直すと、原告は再度「関係ない。」と言ってこれを投げ戻し、このやり取りが二、三回繰り返された後、原告は右書面を同助役の机の上に投げると同時に前記「工事施工中止伺書」を同助役に突きつけ、大声で「印鑑を押せ。押さんか。」と怒鳴り、同助役の机を両手で強くたたいたので、同助役が「あなたは業務を放棄するのですか。そのような理由では印鑑は押せません。」と言ったところ、原告は「工事を止めるぞ。」とうそぶき、同助役が「何を言うんですか。」とたしなめているところに、丸山区長が来た。すると原告は、今度は右施工中止伺書を同区長に差し出しながら「あふたん。印鑑ば押せ。」と大声で同区長に詰め寄った。

引き続き、原告は執務中の事務室内の全職員に向かって大きな声で「全員来てくれ。」と言い、このため数人が仕事を止めて同区長の回りに集まってきた。同区長は原告が集団による抗議を指示したものと判断し「今から土木テーブルの作業指示をするのに、全員来てくれとはどういうことですか。」と注意したが、原告は前記キャビネットの上にあぐらをかいたまま、何の返答もしなかった。

〈9〉 六月二日午前一一時ころ、区長室内において、門司鉄道管理局総務部人事課係長塚本達夫、企画助役緒方敏治、設計助役林博正及び丸山区長が応接テーブルを囲んで業務打合せ中、無断で同室内に入室し、いきなり同区長と右林助役の前に「ホレッ」と言って、五匹のネズミの死骸をいれた皿を突きつけ、両人の間にあるソファの上に置いた。同区長はあまりのやり方にぼう然とすると同時に強い嫌悪感を覚えたが、その席には監督の掌にあたる門司鉄道管理局人事課係長もいたので厳しく注意することを控え、「どうしたの。」と聞いたところ、原告は「保線区でとれたとたい。」と言った。同区長は右人事課係長の手前も考えて、とっさに冗談めかして「お茶も一緒に持ってきてくれればよかったのに。」と言ったところ、原告は無言で右ネズミの死骸をそのままにして退室した。

〈10〉 六月三日午前九時一八分ころ、藤井土木助役は、土木技術管理係弥吉正孝(以下「弥吉職員」という。)がかねて命じていた鳥栖駅構内走行路新設工事の関係書類の作成を行わないため、同人にその作成を強く指示したが、弥吉職員が作業に無関係なことを言い立てて、業務指示に従わなかった。そのやり取りをかたわらで聞いていた原告が同助役に対して「アホ、お前はあふたんたい。」と大声で怒鳴った。同助役は右状況の下では弥吉職員に対する業務指示は到底できないと判断し、区長室に赴き、丸山区長と長澤首席助役との三者間で協議した結果、弥吉職員に対して業務命令の形式で指示することとし、長澤首席助役立会いのうえ弥吉職員に右工事関係書類作成の業務命令を発しようとした。その際、原告はテープレコーダーを持参し、これを弥吉職員と対面する土木技術管理士遠藤寛(以下「遠藤職員」という。)の机の上に置き、右机の上に設置してあるテーブルタップにテープレコーダーのプラグを差し込んで、右業務命令を録音しようとする態度を示したので、長澤首席助役が中止するよう注意したが、原告はこれを聞き入れず、テープレコーダーのスイッチを入れた。ところが、前記テーブルタップのプラグが事務室内の柱のコンセントに差し込まれていなかったため、テープレコーダーが作動しなかった。藤井土木助役がこれに構わず弥吉職員に対して業務命令を発していたところ、原告は、右テーブルタップのプラグが柱のコンセントに差し込まれていないことを知り、これを接続した後、長澤首席助役に向かって「貴様、コードを切ったな。」と怒鳴りながら、両腕を後ろに組み上半身で同首席助役の胸部付近に二回体当たりした。このため、同首席助役は後方によろめき、椅子に腰掛けている弥吉職員の膝の上に座り込んだ。このとき、同僚の杉本職員らが原告の両腕を後方から抱き止めて原告の行為を制止した。長澤首席助役は原告に対し「あなた何をするのですか。」と抗議すると、原告は「お前がしっかり立っとらんからだ。おれは通りよったんだ。」と答え、続いてくわえタバコのまま自己の顔を長澤首席助役の顔すれすれに近づけ、タバコの煙を吹きかけた。

その後、同日午前一〇時五分ころ、藤井土木助役が原告に「業務指示をします。」と言ったところ、同人はテープレコーダーが入っていないけんでけんたい。」などと言ってまともにこれを受ける態度を示さないので、同助役が「業務指示を受けないのですか。」と問いただしたのに対し、「今お茶を飲みよる。」とはぐらかし、土木テーブルの回りをうろつき、業務指示を受けようとしなかった。

(2) 原告のその他の非行

〈1〉 昭和五八年三月二八日午前九時五分ころ、同日鳥栖保線区に着任した藤井土木助役が、被告の請負業者である藤埼建設株式会社の担当者から鳥栖駅西構内作業通路その他工事の工期を変更されたい旨の電話を受けたので、右工事の担当者である原告に工期変更済を伝達したところ、原告は「その前に新任のあいさつをせんか。土木の職員全員を集めてあいさつせんか。それが先たい。」と言うので、「工期の変更であり、工事の進捗に影響があると考えて急いで伝達したのですが、あいさつせよと言われるのであれば。」と言いながら立ち上がり、新任のあいさつをしたところ、原告は「お前は何を言うか。」と罵声を浴びせた。同助役が「業務連絡と新任あいさつは別の事柄です。あなたは興奮しないで業務指示を聞いてください。」と注意したところ、原告は「お前の言うことは聞かない。土木助役とは認めていない。あっちに行け。」と大声で叫びながら、同助役の座っている椅子の肘掛けを靴履きのまま蹴り押した。同助役は「何をするのですか。止めなさい。」と強い口調で注意したが、同人はその行為を二、三回繰り返した。

〈2〉 同日午後一時一〇分ころ、藤井土木助役が原告に対して、筑後千足こ線橋新設に伴う作業通路の架設工事及び基山駅東構内作業通路の新設工事の進捗状況について説明を求めたところ、原告は「あんたの今朝の態度は何か。お前を土木助役と認めていない。あっちへ行け。」と大声を出して反抗的態度をとり、同助役の再三の説明要求にも答えなかった。

〈3〉 同月二九日午前八時四五分ころ、藤井土木助役が土木テーブルの全職員に当日の業務指示をしたところ、原告のみがこの業務指示を聞こうとせず、同八時五五分頃、同助役が原告に対して「筑後千足こ線橋工事新設に伴う仮説作業通路新設工事に必要なマクラギ二〇本を今泉建設に支給する現場立会いのため御井駅に行ってください。車は二号車で、添乗車は大久保、杉本職員です。」と指示したところ、「お前は土木助役と認めていない。昨日の態度は何か。あっちへ行け。」と大声を出すので、「業務指示です。拒否するのですか。仕事をしないのですか。午前九時三〇分から御井駅で今泉建設にマクラギを支給することになっているでしょう。行ってください。」と命じたが、原告は再び「お前は土木助役とは認めていない。あっちへ行け。」と怒鳴り、右業務指示に従わなかった。

さらに、同助役が筑後千足こ線橋新設工事の覚書用紙を原告に示し、所要事項を記入されたい旨申し述べて手渡しすると、同人はこれを同助役に投げ返し、同様の行為を五回繰り返した。そこで同助役は長澤首席助役に助力を求め、同人立会いのもとで原告に業務指示をしたが、それでもなお、原告は反抗的態度を取り業務につかなかった。同日午前一一時ころ、右工事の遅れを憂慮した同助役が、再度原告に「マクラギ支給の現場立会いに行ってください。」と指示したが、これにも原告は従わなかった。そこで、やむなく同助役と鳥栖保線区資材助役畠江良一が原告に代わって御井駅へ行った。

同日、午後一時一四分ころ、藤井土木助役が土木テーブル会議を開いて職員一人一人に、担当工事の進捗状況、問題点などについて説明を求めたところ、原告が「お前の態度は何か。あいさつが悪い。お前は何を言うか。」などと怒鳴り、会議室のテーブルの上のアルミ製の灰皿を同助役に投げつけた。右灰皿は同助役に当たらなかったが、更に原告は顔を紅潮させて同助役につかみかかろうとし、同席していた土木テーブルの職員二名がこれを後方から抱き止めて制止した。

〈4〉 原告は、鳥栖保線区土木技術主任大久保民生(以下「大久保職員」という。)、杉本職員、遠藤職員とともに、昭和五八年四月二五日午前一〇時ころ、筑後千足こ線橋工事の杭打工法の変更(工事中の旅客の安全確保の観点から、杭を打ち込むための動力をウインチからクレーン車に変更したこと)について、丸山区長、藤井土木助役の見解を聞きたいと言って区長室に入室し、応接テーブルのソファーに、原告は藤井土木助役と、遠藤職員は丸山区長とそれぞれ向かい合って座り、遠藤職員の横には杉本職員が、杉本職員の横には大久保職員が座った。

そして、原告は藤井土木助役に対し「筑後千足こ線橋工事を請け負っている今泉建設から杭打工法の変更の要望があっている件はどうなっているか。おれには変更は駄目だと言っておきながら、助役がおれのいないとき現場へ行き、請負業者に対して工法変更を検討すると約束したのではおれの立場がない。」と言ったので、同助役が「以前、あなたから杭打工法変更について請負業者から話があっていることは聞いていたが、あなたが変更の理由をはっきり言わなかったので、わたしは変更の必要はないと言ったのです。その後私が四月二〇日筑後千足こ線橋工事の再開について、工事関係者を筑後千足駅に集めて説明した際、同工事の杭打工法に関し、今泉建設から変更の要望があったので、その場で鳥栖保線区筑後大石保線支区長及び筑後千足駅助役と協議し、後日その内容を門司鉄道管理局施設部工事課の担当者に話したところ、工法を変更してよいとの回答があったのです。」と答えると、原告は丸山区長に向かって「土木助役を替えてくれ。」と言うので同区長は「そんなことはできない。」と言った。続いて、藤井土木助役が原告に対して「三橋氏は…」と言ったとき、原告は激昂して「お前はまた言うか。」と怒鳴り、応接テーブルの向かって左角部を蹴飛ばしたため、同テーブルの角が藤井土木助役の左膝に衝突し、同助役は「アッ、痛い。」と叫び手で膝を押さえた。丸山区長が原告に対して「何をするのですか。助役に謝りなさい。そんなことをすると大変なことになるよ。」と注意すると、同人は「なんで謝らないかんか。と二、三回繰り返し言い、更に「おれのやったことのどこが悪いのか。」と開き直った。そこで、同区長が「そんなことをすると大変なことになりますよ。」とたしなめると、同人は「大変なことって何か。やれるものならやってみい。」と大声を発し、全く反省の色を示さず、謝りもしなかった。原告の右暴行により、藤井土木助役は左膝部の疼痛を覚えたが終日我慢した。しかし、翌日になっても同部位のはれが引かないので、門司鉄道病院鳥栖分室で手当てを受けた。医師の診断によると左膝部挫傷、全治一週間を要するものであった。

(3) 以上のとおり、原告の昭和五八年六月一日ないし同月三日の間における各行為は、上司を侮辱し、その命令を無視し、業務を妨害するにとどまらず、上司に対して怒号や罵声を浴びせ、更に暴行に及ぶなど到底国鉄の職員たる者の行為とは思われないものであり、右所為が国鉄法三一条所定の懲戒事由に該当することは明らかである。そして、右当時国鉄はその職場規律等について国民から厳しい批判を受けるなど厳しい状況に置かれていたところ、このような者を職場にとどめておいては職場の秩序維持は不可能であって、また、原告に右各行為の他に(2)記載のとおり非行があったことを考慮すると、被告が原告を懲戒免職処分に付したのは相当である。

2  原告の反論及び主張

(1) 昭和五八年六月一日ないし同月三日の間における原告の行為

〈1〉 六月一日朝の点呼時、事務室内で丸山区長から四項目の伝達があったが、右四項目は、従来から慣行とされていたものや労使間で協議続行中のものを一方的に否定したり、または組合活動への介入的性格をもつもので、その撤回と釈明が点呼に参加した全職員からなされたが、同区長は「この件で話し合う気はない」として区長室に退いてしまったので、保線区職員は各自毎日の作業指示がなされる各所属テーブルに戻り、原告も土木テーブルで作業指示を受けることになった。しかしながら、前記丸山区長の行為が六月一日の職場の雰囲気を険悪にし、各所属テーブルで担当助役に釈明を求める背景となった。

〈2〉 六月一日点呼終了後の午前八時五七分ころ、原告ら土木テーブルの職員はいずれも自席に着席したが、藤井土木助役が前日来未了となっている六月分月間作業計画及び六月一日分の作業説明をしないまま、一方的に各職員に対し指示を発し始めた。そこで、原告ら職員全員が同助役の周囲に集まり作業説明を求めたが、同助役はこれを無視し、ただ「月間作業計画の打合せは済んだ」との態度をとり続けた。そこへ丸山区長及び長澤首席助役らがあらわれ、藤井土木助役とロッカーとの間の通路に立って「助役は打合わせは終わったと言っている。業務につきなさい。助役は答えなくてよい。」という問答無用の態度をとった。原告はそのような丸山区長の態度をみて、同区長との話し合いは無意味であり、藤井土木助役に更に説明を求めようと同助役席とロッカーとの間の狭い通路を通り抜けようとしたが、その際、軽く体が丸山区長に触れるか触れないかの状況があった。しかし、同区長は何を思ったか右腕をロッカーに打ちつける様な形で体を傾け、これを見た土木職員から一斉に「区長、わざとやるんじゃないよ。暴力行為とでもでっち上げるつもりですか。」との声が上がり、同区長は「そんなこと考えてもいませんよ。三橋さんが急に動かれたもんですから。」と言って慌ててその場から立ち去った。従って、1(1)〈2〉記載の暴行の事実はない。

〈3〉 その後も、藤井土木助役が一方的な作業指示を続けたため、同助役の周囲は騒然となり、原告は二ないし三センチ四方の紙切れを床に散らして、前記四項目の問題など早朝からの保線区当局の態度に抗議し、また、そのとき門司鉄道管理局の課員である水野課員が鳥栖保線区の監視のため区長室に駐在していたので、同室に赴き監視労働に抗議した。その際、1(1)〈3〉及び〈4〉記載のように藤井土木助役や水野課員に紙切れを投げつけた事実はなく、床に落ちた紙切れは保線区の国労組合員たちで即座に片づけた。

〈4〉 六月一日、藤井土木助役から原告に対して午前中にすべき格別の作業指示はなく、原告は午前中リベットの積算をし、午後は所定の業務である鳥栖機関区の巡回調査に従事した。従って、1(1)〈5〉記載のような業務命令違背の事実はない。

〈5〉 原告は昭和五八年四月以降筑後千足こ線橋工事の施工を担当し、設計書を作成して担当請負業者と打ち合わせ、工事実施にあたってきた。しかし、こ線橋工事の重要な工程であるRC杭打設につき、原告は五月ころから藤井土木助役に「現場立会いをしたいからその旨指示されたい。」と要求していたが、同助役はこれを拒否し続けた。ようやく、原告が現場に赴き実地に検分したところ、RC杭の頭部に亀裂があり、杭を抜いてやり直すか否か工程表との関係もあって藤井土木助役に判断を仰いだが、同助役から確答はなされなかった。また、第二の重要な工程である鉄筋の配筋検査につき、原告が現場立会いを求めたのに対し、藤井土木助役はこれを拒否し、その理由として同助役自ら配筋検査を実施したのでその必要はないと述べるなど、直接の担当者である原告を無視する態度をとっていた。

その他、筑後千足こ線橋工事では、杭打ちを請負業者の都合からクレーンで吊って打設するという工事変更を藤井土木助役が認めようとせず、原告には当初の二本杭での杭打ちを業者に指示させ、その後原告が困って丸山区長に判断を求めれば、即座に業者の希望通りの工事変更を認めたり、あるいは業者から上がり線の杭打設の工程についての打ち合わせも聞いていないといって無視したりしたので、原告は、仕事の進行を欲する請負業者と無為無策の藤井土木助役の間に挾まれ、筑後千足こ線橋工事の直接の担当者として工事施工に逡巡せざるを得ない立場に追い込まれた。

右のような事情が積み重なったので、原告は思い余って六月一日午後三時ころ区長室に赴き、資料を示して担当者を変更されたいとの判断を求めたが、丸山区長に拒否され、そのまま右資料を持ちかえった。

さらに、六月二日、原告は、藤井土木助役が前記のとおり担当者を無視した行動をとるので、設計図や見積書など工事関係書類を同助役席に持ち込み、原告を引き続き担当者にするかどうかを含めて一体どうするつもりか判断を求めようとしたが、同助役は何も言わず、即座に右各書類を原告の机に返却した。そこで、原告は、請負業者の今泉建設の工事主任である河野主任に対し、「筑後千足こ線橋工事については、もしかすると担当者が変わり、一時施工中止ということになるかもしれませんが、工事については別に指示があるまで進めて下さい。」との電話をした。

従って、1(1)〈6〉ないし〈8〉記載のように、原告が筑後千足こ線橋工事施工中止を前記今泉建設の近藤常務に言明したり、河野主任に指示したり、あるいは丸山区長や藤井土木助役に工事中止を強要した事実はない。

〈6〉 六月二日点呼後、炊事場もある休憩室(脱衣室兼用)でネズミが発見され、四、五人の職員がその捕殺にあたったが、原告も、かねて休憩室にネズミが出没するなど不衛生であったので炊事場の清掃に従事し、五匹のネズミを捕殺し、炊事場の徹底的な清掃を終えた。しかし、六月一日以降清掃は職員で行なう旨の指示がなされていたこともあって、捕殺、清掃にあたった職員間から「おれたちの職場が、飯を食べる休憩室がネズミの巣になっている。不衛生もはなはだしい。清掃をしているのに管理者は誰一人手伝おうとしない。」などと不満の声があがり、手島職員の発言もあって、職場(本区班)班長であった原告が区長のところへ皿に乗せてあったネズミの死体を持っていき、区長に職場環境の実態にもっと留意するよう求めようということになった。そこで、原告は区長室に赴き、「ネズミが捕れました。」と言ったが、区長の「ついでにビールも持ってきてくれればいいのに」という不謹慎な言動に接して、そのまま皿を置いて自席に戻った。要するに、右の行為は意図的ないやがらせといった性格のものでなく、ネズミが捕殺されたという偶発事と、一方的に命令だけ発するのではなく、職場環境を良く知ってもらいたいとの意向が重なったものである。

〈7〉 六月三日、点呼終了後、藤井土木助役は土木テーブルの弥吉職員の席で同人に作業指示を始めたが、同人から求められた月間作業説明を同助役が拒否したことから若干のやりとりが右両名の間で交わされた。その中で同助役は「気分を害してはまともな仕事はできない。」との弥吉職員の言葉尻をとり上げ、改めて長澤首席助役を同行させたうえ、更に弥吉職員を追及し始めた。原告は、その中で業務命令云々の話があったためこれを確認すべくテープレコーダーを持って前記三名のやりとりの場に赴いたが、長澤首席助役はコンセントを蹴飛ばして引き抜いた。その後、原告は、長澤首席助役の右行為に若干抗議したものの、現場に居会わせた原田職員がテープレコーダーを持ち去ったため、その後を追って長澤首席助役とキャビネットの間を通り抜けようとしたが、その間同首席助役に特段体当たりとか、押す等の行為はしていない。

(2) 原告のその他の非行とされている事実については争う。特に、1(2)〈4〉記載の行為については、藤井土木助役の直接の担当職員である原告を無視した下請業者への直接指示に問題があり、また「三橋」と呼び捨てにしたことが原告の応接テーブルを蹴るという行為を誘発した。

(3) 被告の主張する「懲戒事由に該当する事実」は、事実無根であるか、そうでなくても些細なできごとや業務上の指示の不徹底、区長、助役らの身勝手な行動に対する批判や抗議であって、これらの原告の行為は、原告を企業外に放逐しなければならないような重大な違反行為とはいえず、原告がかつて一度も懲戒処分を受けた経歴がなく、かつ勤務成績にも特段の問題がないことからすると、被告は本件処分における懲戒処分選択につき懲戒権を濫用したものであって、本件処分は無効である。

二  本件処分が無効である場合に被告が原告に支払うべき賃金額

1  原告の主張

原告は、昭和六二年三月三一日までの間は、日本国有鉄道清算事業団法附則第二条による移行前の国鉄の労働者として賃金を受領する権利を有し、同年四月一日以降は、被告の本来の業務(日本国有鉄道清算事業団法二六条一項及び二項)に従事する職員(以下「本務職員」という。)として賃金を受領する権利がある。そして、昭和五八年度から同六三年度まで(昭和五八年八月一日から平成元年三月三一日まで)の間に被告が支払うべき賃金額の合計は別表1記載のとおり二〇三五万二五三三円であり、平成元年四月一日以降被告が原告に支払うべき賃金額は月額二四万〇六〇〇円である。

2  被告の認否及び反論

本件処分が無効である場合に被告が原告に支払うべき昭和五八年度から同六一年度まで(昭和五八年八月一日から同六二年三月三一日まで)の間の賃金額が別表1記載のとおりであることは認めるが、昭和六二年度及び同六三年度の賃金額並びに平成元年四月一日以降の賃金額については否認する。

被告の職員のうち、被告の再就職促進事業(日本国有鉄道清算事業団法二六条三項)に従事する職員(以下「本務外職員」)という。)については昇給が実施されず、各手当の額も本務職員より低いところ、原告は、昭和六二年四月一日以降本務外職員として賃金を受領する権利があるに過ぎない。

そして、本件処分が無効である場合に被告が原告に支払うべき昭和六二年度及び同六三年度の賃金額は別表2記載のとおりであり、平成元年四月一日以降被告が原告に支払うべき賃金額は月額二二万九二〇〇円である。

第四  争点についての判断

一  本件処分の効力

1  昭和五八年六月一日ないし同月三日の間における原告の行為

(証拠略)の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 鳥栖保線区本区は丸山区長の下、六名の助役と二八名の一般職員により構成されており、六名の助役はそれぞれテーブルと呼ばれる担当部署を持ち、各テーブルごとに数名の一般職員が配置されていた。そのうち、事務テーブルには長澤首席助役が、土木テーブルには藤井土木助役が、設計テーブルには林設計助役が、企画テーブルには緒方企画助役がそれぞれ配置され、一般職員のうち原告、杉本職員、弥吉職員は土木テーブルに、原田職員は企画テーブルに配属されていた。そして六名の助役が担当する各テーブルは鳥栖保線区本区の事務室内にあり、右事務室に隣接して区長室があり、区長室と事務室の間のドアは通常開放され、事務室においては各テーブルごとに所属職員の机がまとまって置かれていた。

昭和五八年六月一日午前八時四五分ころ、前記事務室において行われた点呼の際、丸山区長が前記四項目を伝達したところ、原告を含む数人の職員が同区長に詰め寄って同人を取り囲み、原告を先頭として、四項目について抗議し、その撤回を求めて騒ぎだした。原告は、丸山区長に対して四項目の撤回を要求したが、同区長はこれに応じず、直ちに区長室に戻った。

(2) 同日午前九時ころ、各テーブルにおいて職員が直属の助役に四項目についての見解を求めるなかで、原告も、土木テーブルにおいて、当日の業務指示の準備をしていた藤井土木助役に対し、大声で四項目についての見解を求めた。しかし、同助役が、区長の言ったとおりであるとの回答に終始し、これに取り合わなかったため、原告は、「お前の見解を聞いている。」等怒鳴った。更に、杉本職員が四項目について藤井土木助役に質問しているとき、原告は、同助役に対し「なに」等と怒号したうえ、土木テーブル付近に来ていた丸山区長が「皆さんが土木助役に質問していることは本日の業務指示と関係ないでしょう。」と言うと、原告は「何で関係ないものか。お前は帰れ。」と怒号し、これに対し丸山区長が「あなたは私に指示する権限はありませんよ。」と応じるや、原告は憤激し、両腕を前に組んで「何を!」と叫びながら二メートル位の距離から同区長に詰め寄り、その左上腕部を同区長の胸に打ち当てたため、同区長は二、三歩後ろによろめいた。

(3) 六月一日午前九時一〇分ころ、土木テーブル付近において原田職員と丸山区長とが当日の同区長の点呼時の対応についてのやり取りをした後、同区長が区長室に帰ろうとした際、藤井土木助役の机の前の空席となった机の上に腰かけていた原告は、B五番(ママ)大の用紙二枚ほどを手で細かくちぎり、これを原告の前の床に撒き散らした。これに対し、丸山区長が「三橋さん、ゴミを撒くのはやめなさい。」と注意したが原告はこれを無視し、業務指示のため土木テーブル職員に対して着席を促していた藤井土木助役の前の空席となっていた机の前に立ち、同じように細かくちぎった紙片をテーブル越しに同助役の頭上に撒いたので、同助役は頭から紙片を浴びた。

(4) そのころ、区長室には折から鳥栖保線区基山支区の点呼立会のため門司鉄道管理局から派遣された水野課員が点呼状況報告などの業務連絡のため在室していたが、原告は、水野課員を認めるや、藤井土木助役の土木テーブル職員に対する業務指示続行中であるにもかかわらず、区長室に入り、水野課員に対し「貴様は誰か。何しに来たんか。帰れ。」と大声を発して詰め寄った。長澤首席助役が原告の怒鳴り声に気付いて区長室に入り、原告に対し、「何を言うのですか。あなたは区長室から出なさい。」と言っているところへ、七、八名の同保線区職員が入室し、原田職員を中心に水野課員の来意を質したが、原告は、長澤首席助役の注意を無視して右区長室の応接セットのテーブルに腰かけ、手に持っていた紙を小さくちぎり、これを水野課員の頭上に撒き、残りを区長室の応接セット付近の床に撒いた。

(5) 六月一日午前九時三〇分ころ、区長室から土木テーブルに帰ってきた原告は、藤井土木助役が同テーブルにおいて業務指示を続行していたにもかかわらず、同助役の後方にあるスチール製書庫の戸を右足で二回程後ろ蹴りし、更に、同助役の右横の通路を隔てたキャビネットの上に腰掛け、同キャビネットの側面を両足で四、五回後ろ蹴りして大きな音を立て、同助役の業務指示を妨害した。同助役は原告に業務指示をなすべく、自分の席に座るよう言ったが、原告は右キャビネットの上であぐらをかき、これに応じなかった。そこで、同助役は、その場で原告に対し業務指示をしたが、原告は首を左右に振り、「知らん。」等と言って、右指示にかかる業務を行なわなかった。

(6) 六月一日午後二時ないし同三時ころ、原告は、鳥栖保線区事務室において、被告発注の筑後千足こ線橋工事を担当している今泉建設株式会社の近藤常務に対し、「もう何にもできん。施行中止だ。」と言い、更に、翌二日午前一〇時ころ同社の河野主任に対し、担当者が変更するかもしれないから、担当者が決まるまで工事中止となるかもしれない旨の電話をした。もっとも、近藤常務は、原告の右発言は鳥栖保線区内の騒然とした雰囲気の中での発言であったことから、これを本気には受けとめず、翌日、原告からの前記電話に対する対応について河野主任から相談を受けた際も、書面による中止の指令がない以上工事を続行してよい旨解答しており、結局、右工事は原告の前記発言にもかかわらず、中止することなく、続行された。

(7) 六月一日午後四時五分ころ、原告は、区長室に無断で入室し、助役と業務打合せ中の丸山区長に対し「筑後千足こ線橋工事施工中止伺書」を差し出し、「区長、印鑑ばくれんね。」と言った。同区長が藤井土木助役の押印がないことを指摘すると、原告は「区長にもらえばよか。」と言うので、同区長が施工中止の理由を尋ねると、無言で同書面の「昭和五八年六月一日の朝の点呼の際において、当局から、クラブ行事の参加中止、夜重の勤務、そうじ、ワッペン、リボン等々の指示がなされた。こういった状況の中で安心して働くことができないよって、担当者の変更されたい。担当者が決定するまでの当分の間施行中止をおこないます。」との記載がされている箇所を指し示した。これを読んだ同区長が、原告に対して「こんなことでは中止理由にならんでしょう。」と言うと、原告は「不安だから変えてくれと言っている。こんな状態では仕事ができん。印鑑ばよかけん。今から業者に電話して仕事は中止させる。」と言うので、同区長が「そんなことにはなりません。そんなことをすれば大変なことになりますよ。」と注意したところ、原告は無言で区長室から退室した。

(8) 六月二日午前九時二〇分ころ、前日、担当者を変更してほしいとの趣旨で原告が藤井土木助役の机の上に置いていた筑後千足こ線橋工事関係の図面及び書類が、原告の机の上に戻されていたので、原告は「関係ない。」と言って右図面及び書類を同助役の机の上に投げ置いた。そこで、同助役は「これはどういうことですか。工事書類を持っていなくては仕事ができないじゃないですか。仕事をしないのですか。」と注意しつつ、右書面を原告の机の上に置き直すと、原告は再度「関係ない。」と言ってこれを投げ戻し、このやり取りが二、三回繰り返された後、原告は右書面を同助役の机の上に投げると同時に前記「工事施工中止伺書」を同助役に突きつけ、大声で「印鑑を押せ。押さんか。」と怒鳴り、同助役の机を両手で強くたたいたので、同助役が「あなたは業務を放棄するのですか。」と言ったところ、原告は「工事を止めるぞ。」と発言し、更に、そのやりとりを聞いて土木テーブルに来た丸山区長に対し、大声で「あふたん。印鑑ば押せ。」と言いながら右施工中止伺書を差し出したが、丸山区長はこれに応じなかった。そこで、原告は執務中の事務室内の全職員に向かって大きな声で「全員来てくれ。」と言い、このため数人が仕事を止めて同区長の回りに集まってきた。同区長は「今から土木テーブルの作業指示をするのに、全員来てくれとはどういうことですか。」と注意したが、原告は前記キャビネットの上にあぐらをかいたまま、何の返答もしなかった。

(9) その後、原告ら数名の職員が鳥栖保線区内の休憩室の清掃作業をし、その際ネズミ五匹を捕獲したが、四項目の中に清掃は一般職員でする旨の内容があったことに反発する他の職員から、区長にネズミを見せたらどうかとの提案があり、原告は、六月二日午前一一時ころ、門司鉄道管理局総務部人事課係長塚本達夫、企画助役緒方敏治、設計助役林博正及び丸山区長が応接テーブルを囲んで業務打合せをしていた区長室に赴き、いきなり同区長と右林助役の前に五匹のネズミの死骸をいれた皿を突きつけ、これを両人の間にあるソファの上に置いた。同区長が「どうしたの。」と聞いたところ、原告は「保線区でとれたとたい。」と言い、右ネズミの死骸をそのままにして退室した。

(10) 六月三日午前九時一八分ころ、藤井土木助役は、かねて弥吉職員に命じていた鳥栖駅構内走行路新設工事に関係書類の作成を同人が行なわないため、同人にその作成を強く指示したが、同人は六月分の作業説明が未了であると主張して、右指示に従わなかった。そのやり取りをかたわらで聞いていた原告が同助役に対して「アホ、お前はあふたんたい。」と大声で怒鳴った。同助役は区長室に赴き、丸山区長と長澤首席助役との三者間で協議した結果、弥吉職員に対して業務命令の形式で指示することとし、長澤首席助役立会いのうえ弥吉職員に右工事関係書類作成の業務命令を発しようとした。その際、原告はテープレコーダーを持参し、これを遠藤職員の机の上に置き、テープレコーダーのプラグを遠藤職員の机の上に設置されていたテーブルタップに差し込んで、右業務命令を録音しようとする態度を示したので、長澤首席助役が録音を中止するよう注意したが、原告はこれを聞き入れず、テープレコーダーのスイッチを入れた。ところが、右録音を阻止しようとした長澤首席助役が前記テーブルタップのコードを踏んでそのプラグを土木テーブル付近の柱下部に設置されたコンセントから外したため、原告は憤激し、「貴様、コードを切ったな。」と怒鳴りながら、同首席助役に詰め寄り、両腕を後ろに組みその上半身を同首席助役の胸部付近に二回打ち当てた。長澤首席助役は原告に対し「あなた何をするのですか。」と抗議すると、原告は「お前がしっかり立っとらんからだ。おれは通りよったんだ。」と答え、続いてくわえタバコのまま自己の顔を長澤首席助役の顔すれすれに近づけ、タバコの煙を吹きかけた。その後、同日午前一〇時五分ころ、原告は業務指示をしようとする藤井土木助役に対し、「テープレコーダーが入っていないけんでけんたい。今お茶を飲みよる。」などと言って土木テーブルの回りをうろつき、業務指示を受けようとしなかった。

2  以上認定した昭和五八年六月一日ないし三日の間における原告の行為は、上司の命令に従わないばかりかこれに暴行を加え、また、工事の進行を混乱させかねないものであって、国鉄職員としての職務上の義務に違反しているというべきであるから、国鉄法三一条一項二号の懲戒事由に該当する。

3  原告の行為が国鉄法三一条一項二号に該当する場合に懲戒処分として同項に規定されている免職、停職、減給及び戒告のうちどの処分を選択するかについては明文の規定がなく、その選択は懲戒権者の裁量に委ねられていると解するのが相当であるが、その裁量はもとより恣意にわたることは許されず、特に、免職処分の選択については、被処分者の受ける不利益の重大さに鑑み慎重な配慮が必要であって、懲戒事由に該当する行為の動機、態様、結果、当該職員の行為前後の態度、処分歴、社会的環境、選択する処分の及ぼす影響等諸般の事情に照らし、免職処分が当該行為との対比において著しく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものである場合は、右免職処分は、裁量の範囲を越え、懲戒権の濫用にわたるものとして効力を有しないというべきである。

なお、(証拠略)によれば、本件処分当時被告の経営状態は思わしくなく、その再建策の一貫として労使慣行の見直し及び職場規律の確立に被告が全力をあげていたことが認められるが、右事情は前記基準における社会的環境のひとつとして考慮されるにとどまり、右事情をもって、懲戒権の裁量の範囲をことさら緩やかに解することはできない。

4  そこで、本件処分が前記基準に照らし懲戒権の濫用にわたるものであるか否かについて検討するに、前記1記載の原告の行為が、安易にこれを容認できないものであることはいうまでもないが、前記認定によれば、丸山区長及び長澤首席助役に加えられた暴行の態様は、原告の左上腕部及び上半身を相手の上半身に打ち当てるというものであって、比較的軽微なものであること、業者に対し工事中止とも受け取られかねない言動をした件も、業者に明確に工事中止を指示したわけではなく、また、業者の常識的な対応によって工事中止の事態には至らなかったことを指摘することができる。

さらに、(証拠略)によれば、従前原告が所属する国鉄労働組合(以下「国労」という。)と被告とは「現場協議に関する協約」を締結し、これに基づき、各現業機関ごとに、当局側、組合側同数の委員により構成される現場協議機関が設置され、当該現場の労働条件に関する事項であって、当該現場でなければ解決しがたいもの及び当該現場で協議することが適当なものについて協議がされていたこと、鳥栖保線区においては、毎月二回の現場協議が開催され、その席で当局側から翌月の作業計画について説明がなされ、組合側が意見を提出して作業内容を具体的に調整していたこと、ところが、右現場協議が組合の当局糾弾の場となっているとして被告が右協約の更新を拒絶したためこれが失効した昭和五七年一二月一日以降、労使間の問題は現場において協議しないとの方針をとる被告とこれに反発する国労との対立関係が深刻化したこと、もっとも、右現場協議制度がなくなった後も、原告の所属する土木テーブルにおいては、土木助役が翌月の作業計画を立案しこれを作業担当の職員に個別的に伝達する過程において、職員からの質問に助役が回答したり、職員の意見が作業内容に取り入れられることもあったこと、しかし、昭和五八年三月二八日土木助役に着任した藤井定は、担当職員に対し業務指示をするに際し、担当職員との意思疎通を欠いたまま一方的に指示し、その反発を受けることが少なからずあり、藤井土木助役と原告ら土木テーブル職員との関係は険悪であったことが認められ、右認定によれば、1において認定した原告の各行為は、前記のような本件処分当時の被告と国労の深刻な対立を背景とし、六月一日朝の点呼時における丸山区長からの四項目の伝達がいわば一方的になされたことを契機とした一連の行為であって、原告にとっては、従前の労使関係を性急に変更しようとする被告に対する抗議行動の意味合いを有するものであったということができる。

5  もっとも、前掲各証拠によれば、原告は1で認定した行為のほか、昭和五八年三月二八日鳥栖保線区本区に着任した藤井土木助役が、着任早々、原告の担当する工事を請け負っている業者からの工期変更の申出を承認するに際し、直接の担当者である原告に相談しなかったことに強く反発し、同助役に対し「新任のあいさつをせよ。」「土木助役と認めない。」等の発言をし、更に、翌二九日にも同助役の業務指示に従わず、同助役に灰皿を投げつける等の行為をしたこと及び昭和五八年四月二五日午前一〇時ころ、原告は、大久保職員、杉本職員、遠藤職員とともに、原告の担当する筑後千足こ線橋工事の杭打工法の変更を藤井土木助役が原告を排して直接請負業者に指示したとして、右件につき丸山区長、藤井土木助役の見解を聞くため区長室内の応接テーブルを囲んで同人らと話し合いをしたが、右話し合いの中で、藤井土木助役が原告に対して「三橋は…」と言ったことから憤激し、同助役に対し「お前はまた言うか。」と怒鳴ったうえ、応接テーブルの向かって左角部を蹴飛ばしたため、同テーブルの角が原告の正面にいた藤井土木助役の左膝に衝突し、同部に軽度の挫傷を負わせたことが認められ、それぞれ職員としてあるまじき行為ではあるけれども、一方において、担当者である原告に相談せず工期変更を承諾したり、原告を呼び捨てにしたりした藤井土木助役の不適切な対応が原告の右各行為を誘発していることは否めず、右各行為を原告のみの責に帰することはできない。

6  また、(証拠略)の全趣旨によれば、原告は本件処分以前に懲戒処分を受けたことがないこと及び担当業務は真面目に遂行しているとの評価を得ていたことが認められる。

7  以上によれば、本件処分は、その懲戒事由である前記各行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念に照らし合理性を欠くものであるから、懲戒権の裁量の範囲を越え、懲戒権の濫用にわたるものとして効力を有しないというべきである。

二  被告が原告に支払うべき賃金額

1  昭和五八年八月一日から同六二年三月三一日までの間に被告が原告に支払うべき賃金額が別表1(略)の〈1〉ないし〈4〉の合計額であることについては当事者間に争いがない。

2  (証拠略)によれば、昭和六二年四月一日以降、被告の職員は本務外職員と本務職員とに区別され、本務外職員については昇給が実施されず夏期、年末及び年度末の各手当ての額も本務職員よりも低く抑えられていること、職員の圧倒的多数は本務外職員として処遇されていること、職員を本務職員とするか否かは被告の自由な裁量に委ねられていることが認められるところ、原告が本務職員として処遇される蓋然性を認めるに足りる証拠はないのであるから、原告は被告に対し本務外職員として賃金を受領する権利があるにとどまるというべきである。そして、弁論の全趣旨によれば、被告が原告に支払うべき昭和六二年度及び同六三年度(昭和六二年四月一日から平成元年三月三一日まで)の賃金額は別表2(略)記載のとおりであり、平成元年四月一日以降のそれは月額二二万九二〇〇円あることが認められる。

第五  以上のとおりであって、原告の被告に対する本訴請求は、原告が被告との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、別表1の〈1〉(略)ないし〈4〉(略)及び別表2(略)のa、bの各金額の合計額である一九六三万五七五三円及びこれに対する履行期の後である平成元年五月二五日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い並びに平成元年四月一日以降毎月二〇日限り二二万九二〇〇円の支払いを求める限度で理由があるから、その限度でこれを容認し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 岸和田羊一 裁判官 山之内紀行)

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